ツール・ド・フランス2020を振り返って考える

1.はじめに
今年も様々なドラマを生んだツール・ド・フランス2020も、タデイ・ポガチャルの伝説と言えるほど衝撃的な逆転劇とともに幕を閉じた。
開催さえ危ぶまれた世界最大級のスポーツイベントであったが、プロトンは無事にシャンゼリゼまで辿り着いた。
開幕直後にも優勝予想などの記事を書いたが、ツールが終わって改めて非常に色々な感想を抱いたので今年のツールについて振り返って書いていきたいと思う。


2.コロナとの戦い
やはり、今年のツールを語る上ではコロナウィルスの存在を忘れてはいけない。
開催の日程は通例の7月から2ヶ月近くずれ、8月末から9月にかけての開催となった。
9月にプロトンがフランスを駆けるのは100年以上続くツールでも史上初めてのことであった。

選手及びスタッフ達は「ツールバブル」の中でレースを進め、家族とも面会することを制限され、選手達はただひたすらにパリへの3,484.2kmの道程を急いだ。

更に、二度の休息日には選手スタッフ全員がPCR検査を受けた。
1度目の検査ではチームスタッフが数人、更にはツール・ド・フランス総合ディレクターであるプリュドムさんが陽性となり、隔離されることとなったものの選手は誰1人陽性反応が出なかった。
2度目の検査ではスタッフを含めた検査者全員が陰性となり1つのチームもリタイアすることなくシャンゼリゼに向かうこととなった。

PCR検査の信頼度について全てを信じるべきでないのは周知の事実だが、プロトンがこれだけのパフォーマンスを見せていることそのものが感染者がいないことの証明になっていると思う。

最終日には落車や体調などによって30人がリタイアし146人になったと言えど、シャンゼリゼプロトンが駆け抜けられたということは奇跡と言ってもいいだろう。

今回のツールはスポーツに限らずコロナと共存した上で大規模なイベントを行うことの試金石となっただろう。
そういった点でもツールの成功は世界に大きな意味をもたらした。


3.なぜユンボ・ヴィスマは勝てなかったのか
19ステージを終えてログリッチは57秒のアドバンテージを持っていた。
TTスペシャリストであるログリッチにとっては誰もがセーフティリードだと思っていたことだろう。
しかし、ポガチャルに1:56差をつけられ57秒あったタイムはレースを終えて逆に59秒差をつけられるまでになった。
なぜログリッチは負けてしまったのだろうか。

アシストたちも非常に強力で山岳アシストは、エースアシストであるセップ・クスを中心にジョージ・ベネットやヘーシンク、ダブルエースの一角であったトム・デュムラン、更には今大会スプリントで2勝をあげているファンアールトでさえ忠実なログリッチの僕として献身的に働いた。

グリッチが勝てなかった要因はこの強すぎるアシストにあると考えている。
アシストが強すぎる故にレースの大方をアシストに守られた形で終えており、ログリッチ自らが全力で戦ったのは第17ステージのロズ峠くらいかと思う。
それ以外のステージにおいてはタイムを守ることに終始し、積極的に攻めることをしていなかった。

一方ポガチャルは負けている故当然ではあるが、攻めの走りをするのみであった。
第20ステージの個人TTもポガチャルは最初から最後まで全力を振り絞って踏み続けているのに対し、ログリッチは安定さを求めた守りの走りをしているように見えた。
(ログリッチはレース後「ベストは尽くした」と残してはいるが、それはあくまで“タイムを守るために”ベストは尽くしたというように聞こえて仕方ない)

タイムを奪うべきところで攻めきれず、57秒というポガチャルに希望を残すようなタイム差でTTを迎えてしまったことが最大の敗因と考える。

これは、ログリッチ個人というよりはまだマイヨ・ジョーヌを守ることに慣れていないユンボのチームとしての戦略の立て方によるものだと思う。
もしイネオスが同じ立場でマイヨ・ジョーヌを掴んでいたとしたら同じ結果にはならなかったのではないだろうか。

と、色々と言ってきたものの僕は優勝予想しているようにユンボが好きでログリッチも非常に応援している選手である為、来年は是非ともポガチャルという若造からマイヨ・ジョーヌをひっぺがしパリのポディウムの1番上にログリッチが立っているのを期待している。
頑張ってください。


4.今大会で最も印象に残ったステージ
様々なドラマが生まれた今年のツールで、僕が最も印象に残ったステージは第17ステージ、クイーンステージロズ峠のマイヨ・ジョーヌ決戦でなく、第20ステージのポガチャルの伝説的逆転劇でもなく、クフィアトコフスキが勝利した第18ステージだ。

今年のツールにおいて、イネオス・グレナディアーズはエースのベルナルを失い、各選手が複雑な思いを持ったままステージ狙いに切り替えていた。

イネオスはこの日も逃げに選手を送り込み、ステージ優勝を狙いに行っていた。
そしてこの日のリチャル・カラパスとミハウ・クフィアトコフスキは非常に調子が良いようで軽快に逃げていた。
同様に逃げに乗っていたビルバオも登りで引きちぎり、同じくマーク・ヒルシは落車により予想外の遅れとなり、結果として2人旅となった。
超級山岳も2人のみで超え、カラパスは山岳賞ジャージを手に入れるとともにステージ優勝も目の前となった。

クフィアトコフスキはワンデーレースでも十分実績があり、世界選手権も取っているわけで他のチームにいけばエースとして擁立されてもおかしくないほどに実力は申し分無いが、イネオスというチームの立場上エースの忠実な僕として献身的な仕事をしてきた。
そんなクフィアトコフスキが総合リーダージャージの奪取という使命から解放され初めてツールの区間優勝を掴んだ瞬間であった。

カラパスとのラスト1kmからゴールシーンは今大会で最もグッときた場面であった。
逃げ向きのコースだったが、逃げが決まる際においても同チーム二人の逃げで決するというパターンは多くなく、ましてや肩を組んでゴールするということは滅多に無いことだろう。

2人が肩を組みながら、しかしカラパスは先輩より少し後ろでゴールする様子はロードレースではなかなかない感動的な場面であった。


5.ツール・ド・フランス2020総括
最後に、今年のツール全体で感じたことは「若手の台頭、世代交代の波」である。
総合優勝したポガチャル(21)はもちろんのこと区間優勝1勝と総合敢闘賞を取ったチームサンウェブのマーク・ヒルシ(22)、同じく区間優勝をあげたボーラ・ハンスグローエのレナード・ケムナ(24)、そしてなんと言っても「脚質:ファンアールト」と呼ばれるユンボ・ヴィスマのワウト・ファン・アールト(25)
今年のツールは若手の新戦力が非常に台頭してきたことが印象的で、数年後のグランツールの総合争いはもちろんワンデーレース、モニュメントでも彼ら若手の有望株がどんどん勝っていく流れになっていくと思う。

またもうひとつ受けた印象としては、イネオスが今大会で総合争いから早々に脱落してしまったことから、2010年代で圧倒的な強さを見せつけてきたスカイ−イネオスの1時代が終わりを迎えたことも感じる。
ベルナルをエースに据えたことでイギリスの色が薄まっていく中、フルームがチームを離れ、アダム・イエーツがチームに加わり、新たなコンセプトでのチーム作りが求められる中イネオスというチームがどのように変革していくのか、非常に興味深い。

兎にも角にも今年の残るジロ、ブエルタ、クラシックレースそしてまた来年のツールが待ち遠しくて仕方ない。


◯次回更新日:9月30日(水)まで